2026年のミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得した「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一ペア。
その歴史的快挙の中継で、号泣しながら解説していた高橋成美さんの姿に胸を打たれた方も多いのではないでしょうか?
かつて「ソチ五輪」を共に戦った木原龍一選手と高橋成美さん。
しかし、わずか2年という短期間でペアは解散を迎えることになりました。
「どうして急に解散したの?」「不仲だったの?」「どっちから切り出した?」
今回は、
木原龍一選手と高橋成美さんがペア解散した本当の理由
について調査していきます。
木原龍一と高橋成美ペアとは

出典:スポーツナビ
木原龍一選手と高橋成美さんのペア(通称:成龍ペア)は、一言で表すなら日本フィギュア界の窮地を救うために結成された、奇跡の急造ペアでした。
結成当時(2013年1月)、高橋成美さんはすでに元パートナー(マーヴィン・トラン選手)と共に世界選手権で銅メダルを獲得していたペアのスペシャリストでした。
一方の木原選手は、直前まで男子シングルの選手であり、ペア競技に関しては完全な未経験者でした。
2014年のソチ五輪から新たに「団体戦」が導入されることになり、日本がメダルを狙うためには全種目(男女シングル、ペア、アイスダンス)にエントリーする必要がありました。
しかし、五輪には「原則としてペアの両名が同じ国籍でなければならない」というルールがあり、日本人同士のトップレベルのペアが不在だった日本は団体戦に出場できない危機にありました。
そこで、白羽の矢が立ったのが木原選手だったのです。
木原選手は、女性を頭上に持ち上げるリフトや、空中に放り投げるスロージャンプなど、ペア特有の危険で難易度の高い技を「基礎の基礎」から学ぶ必要がありました。
五輪までわずか1年という極限のプレッシャーの中、高橋さんのリードと木原選手の驚異的な身体能力・努力によって、短期間で世界と戦えるレベルまで技を形にしていきました。
結成から約2年という短い期間でしたが、当初の最大目標であった「ソチ五輪への出場」を見事に果たしています。

【2013-2014シーズン】
- ネーベルホルン杯:11位(★この結果により、ソチ五輪のペア出場枠と団体戦への出場権を自らの手で獲得しました)
- 全日本選手権:優勝
- ソチ五輪(団体戦):日本 5位入賞
- ソチ五輪(個人戦):18位
- 世界選手権:17位
【2014-2015シーズン】
- 全日本選手権:優勝(2連覇)
- グランプリシリーズ NHK杯:7位
- 世界選手権:19位
成龍ペアは、期間こそ短かったものの、現在の日本ペア界の隆盛につながる、非常に重要な土台を作ったペアだと言えます。



木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由とは?


出典:朝日新聞
2015年3月、日本スケート連盟から木原龍一選手と高橋成美さんのペア解消が突然発表されました。
公式には詳細な理由が語られませんでしたが、その背景には複数の要因が複雑に絡み合っていたようです。
木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由として考えられるものは以下のとおりです。
- メダリストと初心者という圧倒的な経験値の差
- 度重なるケガ
- 世界選手権で最下位
過酷な資金繰り



木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由①:メダリストと初心者という圧倒的な経験値の差
高橋成美さんは、以前カナダのマーヴィン・トラン選手と組み、世界選手権で銅メダルを獲得したトップ選手でした。
一方の木原選手は、ソチ五輪の団体戦出場のために急遽シングルから転向したばかりのペア初心者。
この実力差と、短期間で五輪に間に合わせなければならないプレッシャーは、二人に想像以上の負担を強いていたと考えられます。



木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由②:度重なるケガ
高橋成美さんは慢性的な肩や膝の怪我に苦しみ、計7回もの手術を経験しています。
ペア競技は危険と隣り合わせであり、練習中に木原選手が原因で高橋さんが怪我をしてしまった際、木原選手がショックで部屋から出られなくなったこともあったそうです。
さらに木原選手自身も脳震盪を負うなど、練習がストップせざるを得ない状況が続いていたことがペア解消の1つの理由になっていると考えられます。
さらに、極限のプレッシャーと減量により、高橋成美さんは「26歳になるまで月経がこなかった」というデリケートな身体のSOSとも戦い続けていたそうです。



木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由③:世界選手権で最下位
2015年の世界選手権でSP19位(最下位圏)という結果に終わり、平昌五輪に向けての焦りが、連盟や選手自身に現実的な判断を迫ったと考えられます。
五輪まで時間が少なく、方向転換の必要性があった可能性があります。
高橋成美さんは引退後に選手の時のことを振り返り「成績に追われる生活に疲れた」と話されていました。
精神的にも辛い状況の中の苦渋の決断だったのかもしれません。
木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由④:過酷な資金繰り
ペア競技の資金繰りは過酷だと言われています。
高橋さんが明かしたある年の収支は以下の通りです。
| 項目 | 金額(概算) | 備考 |
| 収入(賞金など) | 約300万円 | 好成績の年でもパートナーと折半 |
| 支出(活動費) | 約1,000万円 | 衣装、靴、コーチ代、リンク代など |
| 年間収支 | 約700万円 | 大幅な赤字 |
現状を打破し、再び上位を目指すべく、体制を刷新し新たなペアを結成することを忌められたのだと思います。
木原龍一と高橋成美のペア解散の本当の理由⑤:高橋が30歳までに大学を卒業したかった


高橋成美さんには「30歳までには大学を卒業したい」という目標もあり、慶應義塾大学での学業と競技の両立の難しさを感じられていたようです。
高橋成美さんは最終的に2018年に現役引退を決断されています。
木原龍一選手と高橋成美さんのペアは、わずか2年という短い期間でしたが、日本ペア界の歴史を動かす重要な時間でした。
木原龍一と高橋成美ペアの不仲説はデマ


出典:朝日新聞
ネット上では「不仲だったのでは?」という噂も見かけますが、これは誤解だと思われます。
過酷なプレッシャーの中で追い込まれ、キス&クライの空気が重くなることはありましたが、練習後に漫画の話をしたり、木原選手が息抜きの方法を教えたりと、確かな「戦友としての絆」がありました。
高橋さんは、木原選手から素直に謝ることの大切さなどを学んだと感謝を口にしています。
解散から月日が流れ、木原選手は新たなパートナーと共に五輪の頂点へ。
そして高橋さんは解説者としてその姿を見届け、涙ながらに祝福しました。
現在も「なるちゃん」「龍一」と呼び合える二人の関係性が、当時の絆が本物であったことを何よりも証明しています。
当時の高橋さんのブログ等の記述から、「木原選手から解散を申し出た」というのが有力です。
これは決してネガティブな理由ではなく、高橋さんの体への負担や、自分の経験不足による限界を感じた木原選手なりの優しさと誠実な決断だったと言えるでしょう。







